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大分地方裁判所 昭和39年(ワ)429号 判決

原告 佐藤勝子

被告 中央タクシー株式会社 外一名

主文

被告中央タクシー株式会社は原告に対し金一八〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三九年一〇月二五日から支払済に至るまで年五分の割合による損害金を支払え。

被告村上清則は原告に対し金三〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三九年一〇月二五日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

その余の原告の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を被告等の連帯負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決の第一及び第二項は原告において被告等に対し各金五〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

原告訴訟代理人は「被告等は原告に対し各自金五七〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三九年一〇月二五日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、

被告中央タクシー株式会社(以下被告会社と称す)訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求むる旨申立てた。尚被告村上は適式の呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず答弁書その他の準備書面を提出しない。

第二、請求の原因

一、原告は昭和三八年八月二五日午後八時一五分頃、大分市舞鶴橋東側交叉点附近路上において、被告村上運転の小型普通自動車(大分5あ一二二六号、以下本件自動車と称す。)に接触され、左脛骨開放性骨折、左下腿裂創の傷害を受けた。

二、右の事故は被告村上の重大な過失によるものである。即ち、被告村上は本件自動車を運転して、大分県北海部郡佐賀関町方面から大分市方面に向つて時速四〇粁位で進行して前記事故現場にさしかかつたのであるが、当時降雨のため前方の見透が悪く、かつスリツプするおそれもあり、しかも交叉点であるから、かかる場合前方左右を注意しつつ、機に応じて停車等の処置に出るべく徐行する等の方法をとつて、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り漫然進行し、約一〇米の直前になつて始めて室の運転する自転車(以下本件自転車と称す)を発見し、これを避けんとして急きよ右側にハンドルを切つたが間に合わず本件自動車の左側前方ヘツドライト附近を、右自転車後部荷台に横乗していた原告の左足に接触させて本件事故を惹起したものである。

三、被告会社は、タクシーによる旅客運送を業とするもので本件自動車を所有し、本件事故発生当時、その業務のため被告村上を雇傭していたもので本件事故は、被告村上が被告会社の業務執行中に起したのであるから被告会社は自動車損害賠償保障法第三条に基き、また被告村上は直接の不法行為者として、原告が本件事故により受けた後記の損害を賠償すべきである。

四、本件事故の発生により原告が受けた損害は次のとおりである。

(一)  原告は本件事故発生当時就職を予定されていたが右事故のため六ケ月間の入院加療を余儀なくされたため就職できず右期間中就職していれば合計金七〇、〇〇〇円の給料手当等を受けることができたのに、右事故により得べかりし右利益を喪失した。

(二)  原告は、右事故による傷害のため昭和三八年八月二五日から昭和三九年二月二日までの間、入院治療をなしたのであるが、その間の肉体的苦痛、精神的苦痛は大きく、これに加え原告は事故当時一九才で、現在未婚の女性であるが、治療後も後遺症(右足関節運動制限)があり歩行や走行につき跛行する状態であるため日常の精神的な苦痛甚しく、この苦痛は一生消えるものではない。すると原告の右精神的苦痛に対する慰藉料は金五〇〇、〇〇〇円以上をもつて相当とする。

五、よつて原告は被告等に対し各自金五七〇、〇〇〇円の損害金及びこれに対する訴状送達の翌日である被告会社について昭和三九年一〇月二三日から被告村上について同月二五日から支払済に至るまで年五分の割合による損害金の支払を求める。

第三、請求原因に対する被告会社の答弁

第一項ないし第三項は認める。第四項中、原告の後遺症の存在については第一回口頭弁論期日においてその一部を自白したが、右は真実に反する陳述で錯誤に基いてしたものであるから該自白を撤回して否認する。

原告が一九才の未婚の女性である点は不知、その余は全て否認する。

第四、被告会社の抗弁

原告側にも次のような過失があるので損害賠償額の算定にあたつてこれを斟酌さるべきである。すなわち、

(1)  自転車の荷台に同乗して二人乗りすることは、交通事故の危険性が大であるのみならず、特に荷台に横乗することは右の危険性を増加するものである。しかるに原告は、右危険に配慮することなく本件自転車の後部荷台に横乗りしていたこと。

(2)  本件事故現場は交通量の多いところで、夜間雨も降つている状況において室は本件自動車の反対方向から自転車を運転し事故現場附近で右折せんとしたのであるが、かかる場合、自転車を運転するものとして前後の自動車等の交通に注意して安全を確認し且つ他の車輌、歩行者の正常な交通の妨害にならないよう注意して横断するなど、事故発生を未然に防止すべき注意義務があるにも拘らず、前方一〇米余から本件自動車が対面進行して来てるのを認めながら、容易に横断できるものと軽信し、右折の合図もすることなく、原告を荷台に乗せたまま本件自動車の前方を横断せんとした過失。

(3)  右横断において室は横断の直前一旦片足をついて自転車を停止したのであるから、同乗者たる原告は一旦下車して自転車での横断が、すみやかにできるような処置をとり事故発生を未然に妨止すべき義務があるのに、これを怠り後部荷台に同乗したまま横断をしようとした過失。

第五、抗弁等に対する原告の答弁

抗弁事実は否認する。なお自白の撤回には異議がある。

第六、証拠〈省略〉

理由

第一、被告会社関係

一、被告会社がタクシーによる旅客運送を業とするもので、被告村上を雇傭して自己所有の本件自動車の運転に従事させ、もつて自己のため右自動車を運行の用に供していたこと、原告主張の日時場所において、被告村上運転の本件自動車が原告の左足に接触し、これがため原告が原告主張どおりの傷害を受けたこと、右傷害は原告主張の如く被告村上の過失に基くものであることは当事者間に争がない。

二、そこで、本件事故の発生により原告が蒙つた損害につき判断する。

(一)  得べかりし利得の喪失について、

成立に争のない甲第一四号証、証人今村純夫の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第五、第一九号証、証人佐藤フジコの証言ならびに原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故発生の日たる昭和三八年八月二五日から同三九年二月二日までの間大分市大手町三丁目二九号今村病院に入院し、本件事故により受けた傷害の治療をしたこと、原告は昭和三八年三月頃株式会社藤田ゴム商会に就職することが一応内定し待期中であつたことを認定することができる。

しかしながら右採用内定の日時と本件事故発生のそれとの間には少くとも五ケ月の期間の経過がありながら、依然待期の状態であつた点からみると、本件事故発生時に右会社に正式採用されて給料等を得ていたであろうとは到底認められず、さらに何時頃から正式採用がなされるものであつたかに関してもこれを確定すべきなんらの証拠も存在せず、右入院中正式採用されて勤務したであろうことを認定しうべき証拠もない。してみれば原告のこの点に関する損害金の主張は理由がない。

(二)  慰藉料について

証人今村純夫の証言により真正に成立したものと認められる甲第一九、第二一号証、原告本人尋問の結果により昭和四〇年五月一三日原告の傷害部位の痕跡を撮影したものと認められる甲第二三乃至第二六号証、証人今村純夫、同佐藤フジコの各証言及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告は前示入院期間中本件傷害により睡眼障害身体の激痛等の肉体的、精神的苦痛を感受し、退院後も左足関節運動の制限が残り、二、三の医院に通院してマツサージ等の治療を続けたこと、原告は事故発生当時一九才であり現在も未婚の女性であるが尚長さ一〇糎程度の本件傷害の跡が残りしかもその部位が左足関節下方約五糎で且つ左足前部にあるため、スカートをはいても尚露出しストツキングを着用することによつてもこれを隠蔽することはできず、更に原告は現在会社従業員として支障なく通勤しているが走行すればやゝ跛行する状況にあり、かつ正座に際し足の甲が下につきにくいという状態にあることが認定できる。尤も証人今村純夫の証言によれば前記後遺症(左足関節運動制限)については日常生活に支障をきたす程度のものではなく日時を経るに従い自然に正常に回復すべきものであることが認められる(この点につき被告の前記自白の撤回は、真実に合するものであり、且つ錯誤に出でたものであることが明白であるから有効になされたものというべきである。右認定に反する証拠はない。

以上の事実からみれば原告の傷跡の存在は原告が女性であることに鑑みると、日常生活において若干羞恥を感じることも起こり、将来の結婚にも悪影響を及ぼすやも計り知れないとの危惧が存することを推認することができる。右事実に本件事故の態様職業、その他諸般の事情を斟酌してみれば、原告の本件事故により受けた精神的苦痛に対する損害額は金三〇〇、〇〇〇円をもつて相当と考えられる。

三、次に被告会社の抗弁につき判断する。

成立に争のない甲第一乃至第四、第六乃至第一八号証及び証人室未治の証言によれば室は原告を後部荷台の進行方向に向つて左側に横乗りさせて本件事故現場たる舞鶴橋の東側交叉点手前一五米位の地点より右折横断せんとしたのであるが対面して来る二台の自動車を発見したので一旦片足をついて自転車を停車させて右自動車の通過を待ち更に前方三〇米位のところより本件自動車が進行して来るのを発見したものの、容易に横断できるものとたやすく信じ、原告を乗せたまま横断を開始したため、道路中央線附近において衝突をさけようとして左側に進出して来た本件自動車と原告の左足とが接触したこと、なお本件事故発生の現場たる道路は国道一二号線で、交通量も多い大分県の主要貫線道路であることが認められる。

したがつて、(1) 右の如く交通量の多い場所において自転車に二人乗することは、道路交通上非常な危険を伴いこれを回避する義務がある(大分県道路交通細則第八条第一項)のに原告はこれに違反し、(2) しかも成人間近いかなりの重量のある女性が横乗の姿勢で後部荷台に同乗することは自転車を不安定にし道路交通上の危険が大であるにも拘らず原告はかかる行為に出で、(3) しかも、(2) の状態において自転車を発進させんとすれば進行中と異り、かなりの動作を要し且つ不安定な状態を余儀なくされるので、交通量の多い道路を横断する際にはかなりの危険を伴うものであるから同乗者たる者は少くとも一旦下車してすみやかに自転車を横断せしめる等の処置に出ずべきであるに反し原告は右の如き処置もとらず、更に(4) 十数米先に交叉点があるのだから交叉点の横断を選択するか、少くとも前記状況下においては横断を一応中止し、安全を確認したうえ、改めて横断する等事故の発生を未然に防止するための配慮をなすべきにも拘らず運転者たる室においては前記のように原告を同乗させたまま慢然横断せんとしたものであつて、以上の過失の存在は否定できない。しかして右認定を覆す証拠はない。

ただし右(4) の過失は室の過失であるが室は原告の父佐藤清一の経営する家具製造に従事し原告方に同居しているのであり、事故当日は原告と大分市に映画を観覧に行き、原告は帰路右室の運転する自転車に同乗させてもらつていたのである(この点は証人室未治の証言により認められる)。ところで民法所定の過失相殺の法理は損害発生につき被害者に責むべき事情がある場合にこれを考慮して損害の負担の公平を期そうとするものであつて、損害の発生の原因力となつた事実が存在する場合、被害者がそれに何らかの影響力を与えていると認めうる場合であれば、いわゆる被害者側の過失としてこれをとらえるべきものである。本件において自転車に同乗している原告は現実に運転している室と、前方及び左右の注視等殆んど一体となつて自転車運転しているものとみられ、しからずとしても前記公平の原理に照せば、室の右(4) の過失を被害者側の過失として原告の損害賠償額を算定するうえに斟酌するのが相当と解される。

よつて右(1) ないし(4) の過失はいずれも原告の損害額を定めるにつき考慮しなければならない。

四、以上を総合すれば本件事故により原告に生じた損害額は金三〇〇、〇〇〇円であるが右損害の原因たる注意義務違反の大小を公平の見地より分析してみるとき、被告側の原因力を六とすれば原告のそれを四とするを相当とし右比率に従い被告会社の負担すべき損害額は金一八〇、〇〇〇円となる。

第二、被告村上関係

被告村上は民事訴訟法一四〇条三項により原告主張の請求原因事実を自白したものとみなすべく右事実によれば過失相殺の点を除き前示第一にて認定の如く原告の本訴請求は金三〇〇、〇〇〇円の範囲内で正当である。

第三、よつて原告の被告会社に対する本訴請求については金一八〇、〇〇〇円、被告村上に対するものは金三〇〇、〇〇〇円の損害賠償金及びこれに対する原告の賠償請求が被告らに到達した後である昭和三九年一〇月二五日から支払済に至るまで民法法定利率年五分の割合による各遅延損害金の支払を求める範囲において原告の請求はいずれも理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべきものである。

そこで訴訟費用の負担については民事訴訟法第九二条本文、九三条一項但書、仮執行の宣言については同法第一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 平田勝雅 前田一昭 川本隆)

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